日々の泡

いろんなものの習慣付けに使うブログ。ブログ名は頻繁に変わります

六連休の過ごし方と世界の終わり

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明日から六連休

こんなに長い休みをもらうのは、学生時代と無職時代を除けば初めてかもしれない。

そんなわけでコーヒーをガバガバ飲みながらこれを書いている。

 

おやすみはどこかへでかけるんですか?

休みというと、よく聞かれるのが「どこかへでかけるのですか?」という質問。

「どこへもでかけない」と答えると、質問した相手はどこか悲しそうな顔をして「どこかへでかければいいのに」と言う、一体どこへ出かければいいっていうんだ。

 

休みの日は家にこもるのが至高。

ゲームだってインターネットだって映画だってみれるし、家にこもって困ることはない。だいたい私みたいな多趣味な人間は休みの日を使って、雑誌とか、小説とか、ゲームを作ったりして忙しい。どこかに出かける暇なんてないし、だいたいどこへでかけたって、自分がやるべきことから逃げてる気がして楽しくない。

創作しろ、世界を変えろ、という呪縛からは新幹線とか飛行機に乗ったくらいで逃れるものではない。

 

旅行は自分じゃ何もできないから苦手

最近わかったんだけど、私は自分が参加せず、ただ楽しむだけのものは苦手だ。

だから、自分の出店側ではない祭とか、スポーツはともかく、スポーツ観戦が苦手。

文化祭とかも自分でお店とか展示やってないと寂しくなる。ライブとかも聞いてるだけになのでつらい。

楽しんでいる人たちをみるとより、ぜんぜん楽しめない自分にいらだって、どんどん疎外感が酷くなる。

旅行もただ観光するだけになるとつらい。

なんか役割がないとダメらしい。

ライブもチケットもぎりとか、警備員とか、ビール注ぎとかやらせてもらえれば楽しめるし、旅行もたぶんガイドとか取材とか仕事としていくと楽しめるんだろうなと思う。

どうも、そういう性分らしい。

 

一人で楽しめるものはなぜか楽しめる

ただ、一つ疑問があって、スポーツ観戦や、ライブは苦手だけど、映画とか小説とか漫画とかゲームは楽しめる。

単純に周りとあわせて、楽しむのが苦手なのかもしれない。

楽しませる側に回ってれば、自分が楽しむ必要はないからとか、理由はいくつか考えられるけど、どれもピンとこない。

心理学に詳しい人とか読んでたら、これがどういう心境によるものなのか教えて欲しい。

 

世界が終わるゲームを作る

キリスト教の神さまは6日間で世界を作ったそうだ。
だから、私が6日間でゲームを作ることはたやすい。

なお、キリスト教の神さまは次の日休んだそうだが、私は次の日仕事だし、6日目になる16日には、友人を呼んで、私の作ったゲームを遊んでもらう約束をしているので、かなり崖っぷりになっている。

 

今日のユーモア

dic.nicovideo.jp

 

今日は特別おもしろいツイートがなかったので、ちょっと古いし、マニアックだけど、「理想のテンポ」を考察していきたい。

 

今のFF14の戦闘テンポ

ブン・・・・・・・・ブン・・・・・・・・ブン・・・・・・・・

 

理想のテンポ

シェイシェイハ!!シェイハッ!!シェシェイ!!ハァーッシェイ!!

 

 

簡単にいうと、FF14の戦闘テンポについての不満と、理想を擬音で表現した2chへの書き込みで、

おそらく普通の人だったら

「今のFF14の戦闘テンポは、退屈だし、単調。もっとスピード感やメリハリがほしい!」

と書き込むところを、

 

この人はなぜか

 

今のFF14の戦闘テンポ

ブン・・・・・・・・ブン・・・・・・・・・ブン・・・・・・・・

 

理想のテンポ

シェイシェイハ!!シェイハッ!!シェシェイ!!ハァーッシェイ!!

 

と書き込んだ。天才である。

私はFF14をプレイしたことはなく、このネタは当時FF14をプレイしていた会社の先輩に教えてもらったものだけど、話をきいたとき、今のFF14の戦闘がどれだけ退屈で、そして、この人がどんな戦闘を求めているかいっぱつでわかった。

 

まず「ブン・・・・・・・・」のくだりの憂鬱そうな感じ、湿気の多い夜の10時くらい曇り空の下、家の前で、特に向上心もなく、バットのすぶりをしてる感じ。

それに比べて、理想のテンポである「シェイシェイハ!!」の機敏さ、ハイテンションさ、これだけでおもしろいのに、さらにたたみかけるように、「シェイハッ!!シェシェイ!!」とステップを効かせた連続コンボを決めてくる。

多段ヒットを喰らいグラグラときている隙に最後の「ハァーッシェイ!!」でとどめをさす。

もちろん、この「ハァーッ」の部分は力を溜めていることを表現している。そして、最後の「シェイ!!」で解放である。

「力みなくして解放のカタルシスはありえねェ…」という範馬勇次郎の声が聞こえてきそうなラストだ。

 

文字数は100文字以下、2chの文字制限はほとんどないに等しいのに、この短さ。そしてこの表現力。

俳句なんかよりはるかに豊かなものを私はこの書き込みに感じた。まぎれもない名文である。