日々の泡

いろんなものの習慣付けに使うブログ。ブログ名は頻繁に変わります

好きなものって、たまたま知りあっただけのもの

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好きなものってたまたま知りあったもの。

わたしは中学生の頃からメジャーなものをさけたり、テレビをみるのをやめたりして、自分が本当に良いと思ったものを好きになる努力をしてきたように思う。

けど、大人になってふと十代、二十代好きだったものをふりかえると、胸をはって「自分自身で見つけた本当に好きなものです!」と言えるものは、ほとんどなくて、身近にある選択肢の中から、いくらかマシなものを選び、たまたま横にあった何かを精一杯好きになっていたんだなと思う。

もちろん、それはそれでいいのだし、
わたしが自分で自分の好きなものを探す努力をしてきたことは確かで、おかげで今も助かってる部分もたくさんある。
今でも十代の頃のわたしはなかなか健闘していたと思うし、いい趣味をしてたと思う。

視野が狭いのでなく、今の時代が広すぎる。

昔は名作映画を知ることなんか、身近な人間を信用しない場合には、自分で観て判断するしかなかったし、ソフトもいまほど流通していなかった。

雑誌の記事の切れっぱしでしか想像するしかなかったものが、今はネット上で簡単に見つかってしまう。
今のわたしの視野が環境に応じてしまい、当時のわたしと比べると異様に広がってしまったので、当時の自分の視野は狭かったなと、思うだけかもしれない。

結局のところ選んでるだけ

でも、この問題の本質は情報の量ではなく、思春期のわたしは、一生懸命何かを作っていたわけではなく
一生懸命、少ない中からマシなものを選択していただけ、ということなのかもしれない。

学生の頃に友人ができないのは当たり前。

近くに住んでいて、同じ歳というだけで集められていたので、趣味とか、好みとか、能力とかほとんど関係がない。
大学になると学力や、進学における戦略が似てるので、ちょっとはマシ。
就職になると志望動機によるけど、より近しい目的をもった人と一緒になれる。

でも、インターネットが最強。

わたしはわりと寂しがり屋かつ、話し相手を選り好みしない方なので、人生のほとんど場面で友だちに困ったことはないけど、
それでも気の合うとか、話がわかるとかだとインターネットが最強な気がする。
というわけで、自分の趣味に合いそうなネットコミニュティーに所属して、あってみると、学校とかよりかは話のあう人がいておもしろいと思う。

わたしの「好き」はまだインターネットがここまで発達してなかったときの「好き」

だから、本当の好きとはいえないかもしれない。
たまたま身近にあったものを好きになっただけ、なのかもしれない。

けど、インターネットがなかった時代に好きだったもののほうが強く思い出に残ってたりもする。

選ぶものが多い為、より選ぶことで満足してしまうのかもしれない。

好きというのは消去法ではない。

わたしは消去法で恋なぞしない。
「わたしはこれが好きだ」という信念こそが恋だ。
だから、わたしは「好き」というものにいつも責任を持っている。
「自分印」ではないけど、ハンコを押せないものには好きとは言えない。

自分の好きなものを自分で決められるのがオタク

「自分の好きなものを自分で決められるのがオタク」というのは岡田斗司夫さんの名言のひとつだと思うけど、
わたしはそんなオタクを目指して、「これは本当に好きなのか」「好きといって問題がないか」とか「この作品のおもしろさについて責任を負えるか」みたいなことをよく考えていた。もちろん今もわたしはそんなことを考えながら、好きだとか嫌いだとか言っている。
(そして、つい最近まで、すべての人類がそんなことを考えていたとおもっていた)

 

オタクはすでに死んでいる 電子版

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好きなものってたまたま知りあったもの。

けど、結論としては、わたしはたまたま縁があって、出会った作品や、
自分が吸収しやすいタイミングに触れた作品を好きになっていただけで、
わたしが本当の意味で、自分が好きなものとして、決められた作品ってごくごくわずかだなと思う。

でも、それでいいんだなと思う。
人付き合いも、作品も、すべてに眼を通すのは難しいし、そんなことしているうちに歳をとってしまう。
だから、自分によってきてくれたものの中で自分が愛せるものを見つけていけばいいのだと思う。

本当に好きなものは自分で作らないとない。

イベントも雑誌もゲーム、漫画も、映画も、所詮は他人が他人のために作ったものなので、
それが本当に自分が望むものになることなんかない。

全部自分で作れとは言わないが、企画したり、手伝ってもらったり、作ってもらったり
自分が望む形に近づける方法はたくさんある。

というわけで、もうわたしは自分の好きなものを選び飽きたので、これからは自分の好きなものを作って行きたいと思うし、実際、そうしている。

好きなものを作るには、いろんな才能が必要になる。

たとえば小説くらいだったら一人でもかけるけど、映画とかゲームになると、ひとりで完成させるのはとても難しい。
だから、本当に自分の好きなものに出会いたいのならば、それは色んな才能が必要となってくる。
これを見てるあなたの力が必要な場合もでてくるかもしれない。

わたしもあなたが本当に好きなものを作るお手伝いができればしたいので、お互い力を貸し合いながら、本当に好きなものに出会えたらいいなと思う。