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日々の泡

いろんなものの習慣付けに使うブログ。ブログ名は頻繁に変わります

ユーモアが足りない。

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女児向けカードゲームのイベントをやった

今日は池袋で女児向けカードゲームのイベントをやった。

女児向けコンテンツのイベント女児向けショップで、大きい人たちに向けてやったので、いろいろ困難が予想された休日だったが、とくに問題はなく、楽しい日となった。

「私は何かがあってもおじさんたちを守る!」という気持ちで、にこにこしながら見守っていたが、途中から、おじさんと女児たちがまじりあい、完全なカオスと化し、いい感じだった。

 

今日届いた本 「心も整う「捨てる」ルールと、「しまう」ルール」 

心も整う「捨てる」ルールと「しまう」ルール

心も整う「捨てる」ルールと「しまう」ルール

 

私の心の師匠であるコラムリストの山田スイッチさんから勧められた掃除本。

すごくよく編集された本で、すべてのページがちゃんとデザインされてて狂気を感じる。

どうも女性誌「LEE」で、何度かくまれた巻頭特集をまとめたものらしいので、雑誌向けに編集されてたから、こんな内容になってるんだろうけど、それにしたってよくできている。

はじめてアメコミのウォッチメンを読んだとき、フルカラーかつ、全コマがすべてしっかりした一枚の絵として描かれているのをみて、どんだけ才能がある人が労力をかけてこれ描いてるんだろうと頭痛くなったのを思い出した。

 

 

 出して、捨てて、しまう

この本はとにかく、ごちゃっとなってるものを全部出して、分類して(捨てて)、またしまう、ということに特化した内容で、その3つにしか書かれていない。

ただそれについては写真付きで、色んな例が載っているので、掴みやすい。

文字だけ追うと、15分くらいで読めてしまう内容だけど、写真の多い、きれいな本なので、掃除のやる気がしない時とか、図鑑のように眺めるのがいいかもしれない。
そういう点では、トイレにおいておきたい掃除本である。

(どうでもいいが、いつか「トイレにおいておきたい本」特集をやりたい)

 

時間がある人(上級者)向けの掃除本

ただ時間がある人向けの本かなとも思う。

この本に書かれていることを仕事明けに実践できるかと言われたら、正直、気をの重さを感じる。

前回紹介した10秒掃除法をしてるうちに気分が昂まり、出して、捨てて、しまうを行う可能性は高い。

なので、捨て方、選び方、しまい方がわからない人には良書だろう。よくできた、楽しい掃除本であることは間違いない。

 

10秒朝そうじの習慣 ?人生を劇的に変える最強メソッド?

10秒朝そうじの習慣 ?人生を劇的に変える最強メソッド?

 

 

ユーモアが足りない

私にどれくらいユーモアが足りてないかというと、鏡の前で笑顔を作ろうとしてみたらできなくて挫折したくらいユーモアがなかった。あまりに笑ってないので頬筋が衰えていたらしい。

最近は気付いたときに頬筋を鍛えるべく、人が見てない時に変顔をして、ようやく「にや」っとした顔ができるようになったが、これもそれもユーモアが足りてないからだ。

 

ユーモアの訓練

「ユーモアの訓練」という時点で、すでにユーモアがないが、とりあえず今は欠如してるのだから仕方ない。

とりあえず、訓練の基本は模倣なので、これからブログを更新するときは、その日おもしろかった文章(おそらく主にTwitterになるだろう)を抜き出して、掲載&模写して、何がおもしろいのか、考察していくという、これまたユーモアがないことを行う。だって、ユーモアの訓練なんだもん。

 

今日のユーモア

 

「ルドルフとイッパイアッテナ」という有名なほんわか児童小説が、2.5文字変更されただけで、一気にコズミックモダンホラーに変貌した瞬間を140文字以内で表現した傑作ツイート。時期ネタだということもあり、現時点で1,2万RTを達成している。

 

父「かなかわあれ見ないの?アレ、えーっとなんだっけ、お前が前言ってたやつ」

俺「?」

父「あ、アレだ『クトゥルフとイッパイアッテナ』」

俺「そんな物騒な映画は無い」

 

模写してみると、記号や改行など、読みやすくするための技術がふんだんに使われているのがわかる。

また「父」「俺」の会話になってるので、三人称視点になっていて、よりツイートを見た人に共感されやすい表現を使い、言い間違いにより「物騒な映画」になってしまったことをちゃんと指摘して「ルドルフ」と「クトゥルフ」の違いについてわかりやすくなっている。

クトゥルフとイッパイアッテナ」で検索してみるとわかるけど、この「ルドルフ」が「クトゥルフ」に似てることを思いついて、ツイートしてる人は、過去にもいたが、ここまでRTされることはなかった。

クトゥルフとイッパイアッテナ」というアイディアも、もちろん素晴らしいが、その素晴らしいアイディアをわかりやすくするシチュエーション作りや、表現力の大切さを教えてくれる。

どうでもいいが、前にラジオで毒蝮さんのコーナーで「ジェーンスー 相談は踊る」を「ジェーンスー 胎児は踊る」と間違えてたおじさんがいて、めっちゃ笑ったことがある。

「胎児は踊る」といえば、日本探偵小説三大奇書の一冊のドグラ・マグラの巻頭句であり、それが思わぬところで、出てきたのがおもしろかった。

 

 

アナログゲームの進行具合 5%

16日までに作るといろんな人に公言してるので、作らないと格好悪いんだが、あんまり進んでいない。正直、こんなブログを書いてる場合ではない。がんばる。

 

 

 

最近、飲み会があんまり楽しみじゃない理由

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最近、飲み会離れが起きているらしい

飲み会があった。会社全体で行う飲み会は数年ぶりだそうで、社長がふと「昔はもっとやったし、スタッフもやりたいっていってたのに、最近はそんな話にならないから、やっぱり変わったよな」とつぶやいてた。

確かに、最近はあんまり「飲み会いきたい!」という気分にならない。
昔は飲み会っていったらすごいはしゃいでたものだけど、どんな心境や、環境の変化があったのだろうかと考えてみた。

 

昔は飲み会が大好きだった

僕も昔はそれはそれは飲み会が大好きで、お金ないのに飲み会があればとんでいってたし、飲み会やりましょうってよく言ってた。


飲み会の場こそが呼吸のできる場所であり、それ以外の鬱屈した毎日は薄暗い地下洞窟でセミの幼虫にようにもぞもぞと動くばかりだった。

まあ、ちょっと大げさだけど、それくらい楽しみにしてた。

とくに私は大学生の頃、文芸学愛好会で編集長とかやってたので、学校が終わると、部屋に戻って、タバコを吸いながら、小説を書き、月末になると、みんなの書いた小説を編集して、冊子を作ってたりと地味な学生生活を送っていたので、それに比べたら飲み会は派手だし、喋り相手もいるし、それはもう本当に楽しみだった。

 

飲み会というダンジョン

学生の頃は、お酒というものが、まだ珍しかったし、お酒を飲むこと自体がドキドキして楽しかった。

飲みすぎると、死んだり、記憶をなくしたりする、そんな異常で危険性の高いエンターテイメントは、生まれてこの方、ほとんど味わったことがなかった。あったとしても保護者と同伴だった。でも、友達との飲み会はそうじゃない。

それになんとなく飲み会の席では討論や議論を行っていい雰囲気があったので、酒を飲みながら、真理を追究したりとか、自分の意見を相手に戦わせたりとかができた。

また、いまでもネットでは「◯◯とはいい酒が飲めそうだ」という言葉をみかけるようにマイナーな趣味を打ち明けたりとか、そんな場所だと僕は思って参加してた。

 

距離が近づくことがいいことだとは限らない

挨拶とか軽い話題は日常的にできるけど、じっくりと座って誰かと長話をする機会というのはあんまり多くない。それこそ飲み会はそういう機会をあたえてくれる場だ。

でも、「距離が近づく」ということがいいこととは限らない。コミニュケーションのおいて大切なのは、距離感であって、近づきすぎると喧嘩になったりする。

 

距離感を大事にする人において飲み会はノイズ

私はわりとインファイト型のコミニュケーションを好むタイプなので、昔は人との距離は近ければ近いほどいいと思ってたこともあるけど(実はいまでもそう思っているが)色々あって学習した。

人によってそれぞれ適切な距離が必要だし、適切だった距離も、タイミングとか時期によってちょいちょい変わることがあることを。

やっぱりすべての人とインファイストするのは難しいし、うまくいかない。理解するまで、いろんな大変なことがあった。

だから、とくに仕事では距離感をあけて働いてるけど、飲み会はその性質から、距離感を縮めやすく、そのせいでちょうどいい距離感が壊れてしまう危険性がある。

 

飲み会の目的の違い

昔の僕にとって、飲み会とはダンジョンであり、剣と魔法で仲間たちと協力したり、あるいは腕試しにモンスターをなぎ倒したりする冒険の場だった。

ちょっと足を踏み外すと二日酔いになり、次の日も動けなかったり、見聞によれば、そのまま命を落とすやつもいた。

けど、今の私にとって、飲み会はすでによく行きなれた場所になっていて、あんまりドキドキしないし、なんなら飲み会より一人で家で映画を見ながらお酒を飲んだりしてたほうが楽しいくらい。

また安定した日々を過ごしたい環境のときには、昔の自分みたいに「腕ためしがしたい」なんてやつは面倒くさいだけ。

 

飲み会における性格や、戦略の格差

飲み会では、日常的に距離感を考慮してる思慮深い人ほど聞き手に周り、そんなことを気にせず騒ぎたいという人だけ聞き手にまわるという図式ができあがりやすい。
お互いの素質や、レベルが高ければ、どちらも楽しむことはもちろん可能だけど、そうじゃない場合はストレスや、トラブルの元になる場合も多い。

 

ブロック社会で生きる次世代

インターネットになじみが深い世代ほど、人の趣味や意見の多様性への理解が深い。
古くはmixiのコミュニティー機能だったり、Twitter民のぎょっとするリツイートや、まったく興味のないツイートなどから、「話が合わない相手」どころか、「話が通じない相手」もっというと「見たくもない相手」の特徴への検知などは、インターネットをあまりしない人と比べたら別物。

私はインファイト派だけど、もうちょっと若い頃にSNSをやってたら、こんなにインファイトしてないんじゃないかと思う。

 

最後に

地味なテーマだと思いながら電車の中で暇つぶしに書きたら、思ったより長くなった。「飲み会」は思ってたより非合理で特殊な文化で、ちゃんと考えてみるとなかなかおもしろい。

まあ、私も「飲み会が好きじゃなくなった」といいつつ、今の仕事にありついてるのは、飲み屋で社長と意気投合して、雇ってもらえたからであり、なんだかんだいって若い頃、何度もダンジョンにもぐり、インファイトで戦ってたからこそ、レアモンスター(希望職種の社長)と出会ったときに、ぐいぐいと戦えたのかもしれない。

というわけで、日々に退屈してたり、鬱屈してる若者は飲みに行くといい。

飲みに行く相手がいない!という場合には、この記事のコメントや、Twitter等で声をかけてくれれば、適当にモンスター(変な人)ばっかりが集まる飲み会セッティングしてやろう。

格闘ゲームはリアルタイムに高速で打つ将棋

格闘ゲームはリアルタイムに高速で打つ将棋

最近、格闘ゲームをよくやるのだけど、強い人の話を聞いてて思うのは、格闘ゲームは高速で動きあうシミュレーションゲームだということ。

位置取りと、ジャンケンをすごい速さで繰り返して、戦っているらしい。

私はまだそのレベルに達していないので、タイミングと反射でプレイしている。タイミングと反射でもそこそこ戦える。たぶんBランクくらいにはなれる。

でも、Aランクの人はタイミングや反射以外にも位置取りや、ジャンケンで戦ってくるので勝てない。Sランクになると、全部をフルに使ってくるので、まず勝てない。

格闘ゲームに運要素はほとんどない。

シミュレーションゲームと、格闘ゲームは互換性がある

つまり、コンビニ経営型対戦アクションゲームとかも作れる。

でも、シミュレーションゲームも、格闘ゲームもマニアックで、ユーザーが減ってきてるので、あわせたところで、とんでもなくマニアックなタイトルができて、一部のマニアが喜ぶだけのものができあがるだけだろう。

数億円予算がでたら、10年くらい遊べるシミュレーション風格闘ゲームを作ってみたい。

 

今読んでる本「プロフェシー

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プロフェシー (ヴィレッジブックス)

プロフェシー (ヴィレッジブックス)

 

 数年前に一度読んだことがあるのだけど、ちょっとこれを元にしたアナログゲームを作りたくなって読み直してる。

めちゃくちゃおもしろいのだけど、日本ではあまり人気がないらしく、レビューとかも少ないもよう。

オカルト好きな人は一回読んでおくといいと思う。

 

幽霊がいるわけではなく、幽霊をみるという現象がある。

プロフェシーは1960年代にウェスト・ヴァージニア州で起きたモスマン(蛾人間)事件を扱った本なんだけど、その頃のウェスト・ヴァージニア州ではモスマンをはじめとして、宇宙人や、UFOや、ビックフットや、エスパーとかいろんな怪奇が跋扈していて、最初はその意味がわからなかったけど、最後に起きたある大事件の結果、それらが全部、その事件のプロフェシー(予言)だったとわかる、というのがおおすじだけど、

やはり、主人公であり、筆者であるジョンAキールというすごく知的でユーモアのあるオカルト懐疑論者が、狂気に飲み込まれていく様がこの本の魅力なんだと思う。

「幽霊がいるわけではなく、幽霊をみるという現象がある」
これがどういう意味かわかって、その文化に興味があるなら、この本を読んで楽しめると思う。

でも、普通は、幽霊を幽霊として楽しむので、そういう人には楽しめないかもしれない。ちょうど、僕が格闘ゲームをタイミングと、反射で遊んでいるように。

 

ハロー、地獄。

ハロー、地獄

会社で一年間くらい雑用をがんばってたら、わりと大変な職を与えられそう。

いわく「地獄」だそうだ。

いつの間にか、気づいたら、陥ってしまっている地獄は、本当に地獄かもしれないけど、山越え、谷越え、目指していった先が地獄ならば仕方あるまい。

というより、地獄っていう表現があんまりよくない。

三蔵法師が天竺を目指すように、モーゼがシナイ山に登るように、RPGで洞窟があったらそこに入るだろ。僕は入る。

 

「10秒朝そうじの習慣」が思った以上に強烈なメソッドだった

 

10秒朝そうじの習慣 ?人生を劇的に変える最強メソッド?

10秒朝そうじの習慣 ?人生を劇的に変える最強メソッド?

 

 まあ、書いてあることは、朝10秒間だけ掃除をすると人生が変わることとか、掃除ができないやつはグズだとかそんなことばっかりなんだけど、実際に10秒間掃除してみると、掃除の概念がちょっと変わる。

掃除について「面倒くさい」とか「時間の無駄」とか思ってる人はだまされたと思って、10秒掃除をしてみるといい。

 

10秒掃除、それは小さな成功体験を積み重ねること

10秒という短い時間だからこそ、効率的にすばやくゴミを片してしまう。
実際に手を動かしてみると10秒でいいはずなのに、それ以上に掃除をしてしまう。

この掃除上手になった気分&超過してまで掃除する体験というのが、掃除への面倒くささとか、苦手意識を強烈に改善していくようだ。

なんだかんだトータルで5分くらい掃除したと思う。普通なら「たった5分掃除しただけ」で終わってしまうけど、10秒掃除だと「36回掃除を行った」ということになる。

それは掃除に苦手意識がある私にとっては、今まで負け続けていた掃除との勝負に36回も連続勝利をもたらした。

 

こんなの10秒で終わるのに、なんでそのままなんだろう

私の部屋には、よく小銭が落ちている。いつもはほったらかしにしてるんだけど、今朝はその散らばった小銭をみて、「こんなの10秒で終わるのに、なんで掃除してないんだろう」と思った。

これは掃除できるやつが、掃除できないやつを蔑視して、思うことである。

俺は昨日まで全然掃除ができないやつだったのに1日にして、これである。掃除ができるやつの視点を手に入れてしまった。

おそるべし、10秒朝そうじの習慣。

 

でも、結果がわかるのは三ヶ月後

意識は変わったけど、まだ私の部屋は汚れたままだし、それにリバウンドしないともかぎらない。三ヶ月後どうなってるかで、この本の真価はとわれるだろう。

とりあえず、毎朝10秒掃除していこうと思う。

三ヶ月後、まだこのブログが続いていれば、この本の真価がわかるだろう。

最後にふと思い出した伊集院光のツイートで締めたいと思う。

 

 

どうでもいいけど、どうでもよくない日記を綴っていく

放課後ドヤ顔Macbookごっこ

 

最近は家に帰ったら、晩酌をしてたんだけど、なんとなく、色々やる気になってきたので、今後は、晩酌するのではなく、帰宅したら近所のドトールにいって、コーヒーを飲みながら、Macbookの充電がなくなるまで、なんか書いたり、作ったり、読むことにした。今日はその初日である。

つまり、明日から速攻さぼる可能性もある。

まあ、このドトールは24時で閉店なので、仕事が長引いて帰宅が24時になったらこれない。

ドトールにきたら、なんか適当に日記を書いてブログを更新することにする。

 

だいたい、こんなルールにする。

 

・23時25分までに帰宅できたらくる。(つまり、最低30分はいる)

・酔ってたらこなくていい。

・コーヒー代を少しでも回収するためにアフェリエイトを貼る。

 

こんな感じだろうか。まあ、ルールはあとで変えてったりすればいいし、だいたいそのうちやぶる。飽きたらブログ自体やめるし、こんなもの日々の泡だ。

 

Macbookの充電はだいたい1時間40分くらい持つっぽい

 

もう1時間くらいいるけど、残りのバッテリーが45%なので、2時間はもたない感じ。外部バッテリーを買ったりすればもっと持つし、iPadとか買って、そっちでライティングすることにするかもしれないが、とりあえずしばらくはMacbookだし、そうなると2時間もたない。

 

こんなこと暇だからできる

別に暇ってわけではないけど、友達がいっぱいいたり、かわいい恋人がいたらこんなことしてないと思う。孤独だ。孤独だからこんなことができる。孤独はこのブログのテーマとなろう。
そして、僕が孤独じゃなくなったときにこのブログも終わるのだろうと思う。

 

今日、読んでる本「10秒朝そうじの習慣」

さあ、アフェリエイトの時間だ。

読書習慣もつけたいので、ついでに電車の中で読んだ本の感想とかを書いていく。

本も昔はよく読んだけど、最近はすごい読む速度が遅い。30代になると本読まなくなるって聞いてたけど、実際になってみると本当に読まなくなってて笑える。

 

10秒朝そうじの習慣 ?人生を劇的に変える最強メソッド?

10秒朝そうじの習慣 ?人生を劇的に変える最強メソッド?

 

 

みろ!このつまんなさそうな本のタイトルを!

「10秒」「朝」「そうじ」「習慣」どの単語をとっても退屈だ。

しかも、続く言葉が「人生を劇的に変える最強メソッド」。

 

こんな本を俺は読んで、これから実践するんだ。笑える。

今日は40ページほど読んだが、40ページ全部「掃除をすると人生が好転する」と書いてあった。洗脳だ。

俺は別に人生なんか好転しなくてもいい。掃除ができるようになりたいだけなんだ。だけなのにこのままじゃ人生が好転してしまいそうだ。

 

こじる

 

今日はあと「ほしいものリスト」というのを作った。聞いた話によると人気の高いブロガーは「ほしいものリスト」を作っておくと、それをプレゼントしてくれる人がいたりするらしい。妬ましい!

というわけで、僕もあさましくほしいものリストを作った。

そんなことしてたら、残りのバッテリーも8%なので、今日はこの辺で。

何故、バナナを食べ続けると痩せてしまうのか?

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ダイエットをはじめると袋叩きにあう。

わたしが糖質制限ダイエットをはじめ、みるみる痩せていったとき、テレビで糖質制限についてネガティヴな特集が組まれたらしく色んな人な「死ぬ気か!やめろ!」と説教された。


テレビでどんな放送がなされたかはよくわからないが、わたしの周りには糖質制限で痩せた人はたくさんいるけど、亡くなった人はいない。


ダイエットとは減る行為なので、基本的には身体に悪い。

宇宙がそうであるように、基本的にわたしたちは膨張を望む生き物だ。

狭いところから、広いところへ行きたがり、そして、広いところへ出てたら、狭いところへは戻らない。
それが我々の傾向である。

だから「縮もうとしてるんだ」と言うと心配されることは多い。


運動系はいいけど、食事制限系は批判の的。

「脂肪を燃やして筋肉を鍛える」とか別のものへ変化ならそんなにネガティヴイメージはない。

ただ食事制限は減るだけなので、すごく心配される。

かく言うわたしも知り合いがフルーツだけ食べてお金持ちになって痩せるダイエットをはじめたときに「この人、騙されてるんじゃないのか?」と思って、強く批判してしまったことがある。悪いことをしたなと思う。

ダイエットが必要ない人たちの真似をすることの意味とは。

ダイエットしてるから痩せてる人も確かにいる。

けど、わたしの知り合いの痩せてる人のほとんどはダイエットしてるから痩せてるのでなく、単純に太らない体質の人のほうが多い。
はっきり言えば「太れなくて困ってる」という人たちがいて、そういう人たちは本当に痩せてる。

だから、そういう人たちの言ってることを真似しても大抵うまくいかない。しかし、世の中のダイエット法はそんなもので溢れている。


ダイエットを必要としている人たちは何度も失敗している。

太ってる人はだいたい「普通に飲み食いしてると太ってしまう」という人が多い。痩せてる人の逆。
みんな別に太ろうとしているわけではなく、自分なりに必要を感じて食べてると太ってしまう。

多くの人たちがそんな状況にあり、痩せようとして何度も失敗している。

ダイエット=失敗するもの

何度も失敗してるからうまくいかないと思っている。似たようなことをやったけどダメだった。
自分じゃなくても、周りの人が失敗していた。

太ってしまう人たちのダイエットに付随した記憶や情報というのは失敗の記録に溢れている。

だから、「ダイエットをはじめたんだ」なんていうと、失敗の記憶に結びついてすぐに袋叩きにあう。

ダイエットしてると言わない。

わたしはいま、バナナダイエットをしているが、そんなことをいうと袋叩きに会うので言わない。

禁煙に成功したときも、禁煙はしなかった。

人はつらいことは続かないので、何かを禁止してる状態というのは続かない。

これからは「バナナ食べる」

バナナダイエットではない、バナナを食べてるだけ。

わたしは最近、毎日バナナをもぐもぐと食べている。
この前、なんか「バナナ、似合ってますね」と言われた。

何故、バナナを食べ続けると痩せてしまうのか?

毎朝、バナナを一房買う。
これを間食として朝から晩にかけて食べる。
バナナはおいしいし、ぜんぜん負担にならない。毎日食べれる。

もちろん、バナナの他に普通に食事をしてもよい。
普段の3食+バナナを食べ続ける。
すると、どうなるかというと、当然太る。

太ってからが「バナナ食べる」の本番

太ったからといって、バナナを食べるのを辞めてしまってはいけない。
バナナを食べ続けたまま、他のものを食べるのをやめよう。

バナナを食べる習慣をつけておくことで、ところてん方式に、他の太りそうなものを押し出し、太りにくい環境を作り出すのが「バナナ食べる」基本である。

別にバナナじゃなくてもいいんだけど、バナナは安いし、手に入りやすく、健康にもよい。

また食べてても「この人、バナナが好きなんだな」と思われるだけで「ダイエットはじめたんだな」と思われないので、邪魔が入らない。

さあ、みんなでバナナを食べよう! するとなぜか痩せるのだ!

「ダイエット」の時代はもう終わった。これからは「バナナ食べる」だ!

 

※ちなみに筆者はまだバナナを食べてまくって太っただけの状態である。

コンテンツが連勝を続けるとユーザーが発狂する。

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熱中できるもの、あるいは偏愛。

最近、友人と話していて「すごく好きなものや、偏愛できるものがあるときは幸せだ」という話になった。

好きなものはドラッグ。

多少嫌なことがあったり、お腹が減ってても、好きなものがあったら忘れることができるし、好きなもののことを考え、次の展開を想像しているだけで顔がにやついてしまう。便利。

わたしの偏愛歴は最近だと「Apple」と「戦慄怪奇ファイル コワすぎ」

Appleとは、スティーブジョブズが作ったあのApple
Apple製品デビューは遅く、おそらく24歳くらいから。
生まれて初めてアイフォンを触ったとき、あまりの衝撃からWindowsパソコンを捨て、Apple信者へと生まれ変わった。
それから新製品発表会があるたびに、それを神のお告げを聴くかのように聞いて、アップデートがくるたびに大騒ぎした。

ペーパーバック版 スティーブ・ジョブズ 1

ペーパーバック版 スティーブ・ジョブズ 1

 

 

買うもの買って、お金がなくなったらApple熱は冷めた。

iPhoneの他にも、MacBook Proを買い、iPadを買った頃、ちょうど仕事をやめ、東京で一人暮らしをすることになったため、経済力が半分以下に落ち、Appleの更新に、わたしの経済力が追いついていかなくなって、なんとなく熱は冷めた。

もちろん今もAppleは好き。

ついついAndroid派や、Windows派に会うとついついAppleの良さを一言いいたくなってしまう。
なるべく我慢しているけど、わたしも24歳まではWindows派で、とくに意味もなくMacintoshユーザーを邪険していたところがあったので「そう思うでしょ、でもね」といいたくなってしまう。

コワすぎに熱狂したときのこと。

コワすぎはめちゃくちゃおもしろくて、まったく新しく魅力的なホラーコンテンツだったのだけど、映画上映されず、ほぼレンタルのみで楽しむしかないコンテンツだったので、不当に知名度が低かった。

戦慄怪奇ファイル コワすぎ! FILE-01 口裂け女捕獲作戦 [DVD]

戦慄怪奇ファイル コワすぎ! FILE-01 口裂け女捕獲作戦 [DVD]

 

 好きすぎて、宣伝することすら娯楽だった

わたしは少しでもコワすぎの知名度があがり、監督のやる気をあげたり、映画を撮るときの予算がより多くでるように、ほとんど毎週コワすぎに関するツイートをしていた。

白石監督との交流イベントで、ファンとしてどうすれば力になれるのか質問したとき「ツイートも影響力があります」とおっしゃってたので思うままにツイートさせてもらった。

以下の写真は、そのときに撮ったやつ。ちなみに写ってるのは監督ではなく、コワすぎの工藤D役の俳優、大迫茂生さん。右がわたし。

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コワすぎ仲間をいっぱい増やした。

ソフトを買って、他人に貸したり、上映会をやって一緒に見たりしていた。いま思うと狂っていたと思う。
もともと、素晴らしいコンテンツだったのもあり、最近はコワすぎの知名度もあがり、監督は『貞子 vs 伽椰子』という映画を撮って6月に公開するそうだ。楽しみしかない。

PUTITTO SERIES (プティットシリーズ) / PUTITTO「貞子vs伽椰子」 BOX

PUTITTO SERIES (プティットシリーズ) / PUTITTO「貞子vs伽椰子」 BOX

 

 

共通点は更新されていくこと。

Appleもコワすぎも共通点としては、次々と新しいものが出て、それが以前出したものより優れていたところだと思う。

花札こいこい状態。連勝したコンテンツ。

Appleもコワすぎも、いわばわたしの期待に連勝したコンテンツだった。

期待に応え続けた結果、お客は発狂する。

わたしは飽食してるオタクで、すでにコンテンツにあまり期待してない。

期待してないといいつつ、本当はわたしの期待に答えてほしい。
その期待を越えたコンテンツだから熱中できて、それを重ねられると発狂してしまう。

古典には更新力がない。

もちろん、古典名作とかを探っていけば、わたしの期待を超える作品なんてちょくちょく見つかるけど、そこには更新力がない。

熱狂するには、リアルタイム性がすごく大切だし、周りをみても熱狂してるものはリアルタイム性のあるものが多いと思った。

 

SFに狂っていたときもある。

50年代〜70年代のSF小説に狂っていたときもある。

これは作者は違うのだけど、「海外SF小説」というジャンルで本を読んでみたら、どれもおもしろかったので、一時期、ずっとSF小説だけ読んでたことがある。けど、有名どころが読み尽くしてしまったら、外れが多くなってきて、最近は読んでない。

 

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

 

 

成功したいなら4連勝しよう。

3連勝できるコンテンツは、そこそこ出会ったことがある。
けど、それを超えるコンテンツは本当に少ない。

4連勝できたら、わたしみたいな熱狂するファンができて勝手に宣伝してくれるようになる。

わたしも4連勝するつもりのコンテンツを考えてみよう。でも、まあ、まずは1勝から…!